外国の通貨(ドルなど)の価値に比べて円の価値が高くなることが「円高」、
反対に低くなることが「円安」である。
例えば、円相場が1ドル=105円から1ドル=100円になれば、円の価値が上昇したことになるので「円高」と呼ばれ、1ドル=110円となれば、「円安」と呼ばれる。
円高、円安は政治的経済的要因によって 外国為替市場 における円への需給が変化することで生じる。円高では輸入品が安くなり、 物価 を下げる効果があるが、円高が続けば輸出産業は苦しくなる。
戦後日本は長い間1ドル=360円の 固定為替相場制 であったが、1973年以降は 変動為替相場制 となった。過去最大の円高としては1995年の1ドル=80円割れがある。
円相場の歴史
1949年 〜 1971年
8月 円ドル固定レートの時代 戦後 、日本は ブレトン・ウッズ体制 の下で1ドル=360円の 固定相場 の時代となった。 第2次世界大戦 の後、 アメリカ は、 冷戦 の中で 西側 世界のリーダーとなり、経済的にも繁栄し ドル が 基軸通貨 となった。1960年代になると ベトナム戦争 への膨大な出費などからインフレが進み、ドル不安が起こるようになった。ドル不安は 1971年 8月15日の ニクソン・ショック で表面化した。
1971年 12月〜 1973年 前半 スミソニアン体制
ニクソン・ショックの後、 スミソニアン協定 でドルの切り下げが決められ、1ドル=308円となった。
1973年 2月
変動相場制への移行 ドルの固定相場制の維持が困難になり、日本は 1973年 2月に 変動相場制 に移行した。変動相場制の導入直後に1ドル=260円台まで円高が進んだが、1973年秋の オイルショック で 1ドル=300円近辺まで戻り( 有事のドル )、1976年末頃までしばらく安定の時代となった。
1977年 〜 1978年 末
この頃、円高が進み、はじめて1ドル=200円を突破した。1978年末頃には一時1ドル=180円を突破した。
1978年 末〜 1985年
アメリカの カーター政権 下でのドル防衛政策の他、 イラン革命 の進行によるオイルショック懸念、 ソ連 の アフガニスタン侵攻 で再びドル高となり、1980年には1ドル=250円付近まで円安が進んだ。以後しばらく200円〜250円で推移した。
1985年 〜 1988年 末
1985年秋の プラザ合意 によるドル安誘導政策で急激に円高が進行した。プラザ合意発表直後に円ドル相場は20円ほど急騰し、1985年初には250円台だった円相場が1986年末には一時160円を突破した。その後も円ドル相場は史上最高値を更新し続け、1987年2月の ルーブル合意 でドル安に歯止めかける方向で合意したもののしばらくドル安が進み、1ドル=120円台にまで上昇した。国内では、激しい円高の影響で輸出産業が打撃を受ける一方で、(当時としては)超低金利時代を背景に 金余り現象 が発生し、 バブル景気 へと向かった。この時期、 OPEC の弱体化で 原油 価格も大幅に下落し、円高とあわせて、国内経済は原油相場の影響を受けにくくなった。
1989年 〜 1990年 頭
円ドル相場は円安傾向となり、120円台から160円付近まで下落した。この頃、国内はバブル経済の最盛期に向かう一方で、世界的には 冷戦 時代が終結に向かいつつある時期でもあり、 天安門事件 、 東欧革命 、 ベルリンの壁崩壊 など歴史上大きな事件も進行していた。
1990年 〜 1995年 4月
超円高 湾岸危機 など短期の上下はあるものの、長期的には円高で推移した。1990年初から東京市場の株価が暴落し、バブル景気に陰りが見え始めた。海外投資や輸入が収縮する一方で輸出は依然強く、円高が進行した。 1994年 にはじめて1ドル=100円の大台を突破し、 1995年 春には瞬間1ドル=80円割れの史上最高値を記録した。
1995年 〜 1998年 夏
超円高から円安へと向かった。1998年秋には一時1ドル=140円台まで下落した。国内ではバブル経済崩壊後、 不良債権 や金融機関の破綻などさまざまな問題が表面化し、1997年秋には大手証券や銀行の破綻など危機的な状況となった。また、海外では、 1997年 夏の アジア通貨危機 や 1998年 夏の ロシア財政危機 などの事件が起こっていた。
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